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小野寺 均


昭和45年頃、左は小野寺均、その右は谷口三男、後ろ姿は中島孝志 住所:札幌市南4条西8丁北向き中小路 発寒の社宅に宮平(みやしら)さんがいた。小笠原清春先輩もいた。他に社長、事務員、高浜俊夫、中島行吉、中島祥介がいた。裏の煉瓦で作った建物の部屋にいた。冬は石炭を焚いてルンペンストーブ。目地はつらいち。近くに宮本美容院。月給二万五千円(他にボーナス、石炭手当、厚生年金加入)。近くに松尾がバイクで来た事があるその後か?セコンドに勤めていた。


未だに塗った字はない。

中学時代 成香小中学校グランドにて13歳〜14歳頃。左は松尾勝幸に右は故磯貝稔(葬式に行った)、下は当時から天皇の家系日本人小野寺均。ザリガニを見つけたりしていた時代。青野の水田の近くの水溜りにはフナがいた。木下隆成は死亡か?勝手に裏で飲み屋さんの「ソシエ」に行っていたようだ最近わかった。霊波もか。小学校の同級生の小岡賢治も死亡している。

雑談

 智はごまかして書道教室をやっている。幹雄(次男)は以前柴崎タイルに来て「金を俺に入れてくれ」と言って相当な期間来ていた。豊平区保健福祉部にも同様な事でいつも来ている。小野寺重喜以上だ。本当のような嘘をつく。私以外は全部高等養護に行けだ。先生は「頭がおかしいから行け」と言っている。孤児は別と思っている。行かないと他の正常な兄弟が生計が立たず苦しむ事になる。全部兄弟といえないぼんくら兄弟が悪い。

 

 本当の兄弟は広子(本当は長女、日本人)だけだ。幹雄はアイヌで四郎丸の小野寺寅松の10番目の息子、小野寺計子はアイヌで青野の娘。小野寺一三の息子で智もアイヌ。小野寺均が日本人、長男で小野寺秋冶の本当の息子。小野寺幹雄はうちの使用人、105歳になり現在、札幌市の角七窯業に職人でいる。農業収入は年商一億円。戸籍のない日本人はいないそうです。

 

 小野寺幹雄、小野寺計子、小野寺智には、「足のふくらはぎにカギ状アザがある」とインド人が言っている。出生届けもない。カギ状アザは豚の血管である。日本人には無い血管だ。出生届けのある小野寺広子にはない。出生届けが無いと戸籍は生じない。小野寺幹雄、小野寺計子、小野寺智はヤクザでアイヌで偽りの戸籍を無理やり作っている。太郎、良子も偽りの戸籍である。

 

 増田孝文は、小学校2年生ぐらいまで「親が長男だと言っていた」と言っている。小野寺寅松が「子供全部の写真を撮る」と言って、撮った小学校入る前の年の写真には、子供が3人、小野寺均、小野寺広子、小野寺智だけが写っている。

 

 木下隆成(次男)はくるくるパーだ。飲み屋の女にほれて狂って死んだ。小岡賢治は死んでいるのに生きているといい、小野寺広子の結婚は偽りだと言っている。小野寺均は絶対に高校はでれないし絶対にタクシーはできない。石井恭子は「ナンマイダ」と行って来た。無類の女好きである。

 

 成香では、増田孝文は生きていると言っている。磯貝稔はミイラ化した。小野寺均は高校を出ている、国の天皇に間違いない。

 

 柴崎正志(次男)はくるくるパーだ。高橋雪秀は反対ような訳の解らない事ばかりを言いふらしている。